米国版の佐村河内事件、『ビッグアイズ』レヴュー
画家である奥さんと、画商である旦那さんの夫婦…の話、、、
って、そのままビジネスタッグを組んでいればいいのに、
旦那さんが「自分の描いた絵だ」ということにして、
彼が人気画家というこことになっている。
つまり奥さんは旦那さんのゴーストドローワー(でいいのか?)ってこと。
旦那は絵の才能はないが、人たらしで口がうまく、商才がある。
奥さんは、彼に逆らえず、彼が名声を得るための絵を描く。
そんな夫婦がどのように出会い、そのあとどうなっていくか、という話。
そして思う。
「こういう旦那のようなやつ、どこの世界にも、いるよな」と。
自分のやった事にして、口八丁だけで生きている。
なのに肩書きはクリエイターだ、と名乗る。
本当に才能のあるクリエイターでも売り込みができなければ、
運がなければ、誰かが偶然に見つけてくれなければ、
深海にいるシーラカンスのように、誰かに見いだしてもらえるまで深い明かりのあたらない海の底で、ただじっとして、死ぬまで暗い海の底で、存在も知られずに泳ぐしかないのだろうか。
ただ一つ感じたのは、創作活動というものは、本来「魂」で行うものであるということ。
魂の無い、浅ーい人間ってちょっと話をするとわかるものだ。
自分は一度離れた業界で再度、フリーランスとして試そうとしている。
半年間3件しか仕事がもらえなかったが、あきらめずに営業をしてまわり、ようやく少しずつ仕事がもらえるようになってきた昨今。
そして、難しく思うのは、仕事に魂を吹き込む時間と営業に×時間のバランスの取り方。
理想は、自分の仕事や仕事をした人が(この映画の場合は『絵画』)自分の営業をしてくれること。
どうしたら、そういう状況になるのか、今試行錯誤中。
ただ、クリエイターで居続けることに必要なこと、それは、
その創作活動が好きである事。これはイチバン大事。